腰の痛みが完全になくなったわけではないから、恐る恐るアップしてみた。強い痛みは全くなかった。今度は飛び降りてみた。やっぱり痛みは出なかった。
少し休んで、垂壁のテープ課題をやってみた。完全なる初心者用課題だ。一応全部できた。
被った壁のグレードのついた課題をやってみた。R1という一番易しい課題は設定されてはいないので、R2というグレードの課題をやってみた。一応できた。因みに、R2とは5~6級に相当するらしい。R2+を触ってみた。できなかった。3~4級だから当然か。でも、緩傾斜の壁のR2+ができた。
2か月近いブランクの後だから、R2も厳しいかと思ったが、休む前に比べて、そんなに落ちてはいなように感じた。
休む前とは壁は変わっていた。当然以前の課題は残ってはいない。グレードも以前のグレードと変わらないという保証はない。しかし、このジムのグレードは、壁の模様替えの度に辛くなるのが通例だ。仲間に聞くと、決して易しくはなってはいない。やはり今回も難しくなったように感じるとのことだった。もしかすると、今回のR2+は前回のR3位かもという仲間さえいた。
とすれば、休む前は、R3に挑戦していたのだから、その仲間の言を信ずるならば、殆ど衰えてはいないということになる。
そこまではいかなくとも、そんなに大きな落ち込みはなかったと考えて大きな間違いはなさそうだ。
よかった。
やってしまった時は、いわゆるぎっくり腰だと思った。とすれば、2~3日すれば治ると思った。治らなくとも楽になると思った。若い頃はそうだった、気がする、から。
しかし、1週間しても楽になる気配はなかった。結局1週間ほど仕事を休んでしまった。あまり休んでもいられないので、少し無理して仕事に行き始めた。そして、間もなくどうしても自動車でしか行けない場所への出張が入った。それは、休みの前日だったので、無理して自動車の運転をしてみた。それは片道1時間半。往復3時間の運転だった。クラッチを踏みこむ時、って、小生の自動車はマニュアル車だったのだが、少し腰が痛んだが、帰り着いても腰の痛みは増してはいなかった。
そんなこんなで、2週間ほどすると、ある体制をとると起こった刺すような痛みは殆どなくなり、今までも時々感じていた、鈍痛のみになってきた。途中から使い始めた腰ベルトのおかげか、痛みも減ってきた。
まぁ、腰痛の発生から今までの経過は以上のような感じなのだが、現在は、痛みがなくなったわけではないが、自動車の運転もするし、自転車にも乗っている。ちょっとした荷物なら持ち上げている。
そんなわけで、今までの腰痛というか、ぎっくり腰と大分状態が違う気がするのだ。なんだか、ぎっくり腰に別の腰痛の要素が加わったような感じだ。
どちらにしろ、一時はもう自転車にも乗れないかと目の前が真っ暗になったが、なんとなく光明が射してはきた。未だ、クライミングはやってはいないが、近いうちにクライミングも始めてみるつもりだ。
というわけで、今はクライミングができることを祈っているところである。
運用を始めて1ヶ月ちょっと。延アクセス件数は8千を超えた。アクセスの傾向もなんとなくわかってきた。やっぱり、意外なところのカウンターが上がっていた。以下に、その概要を書いてみる。
まず、ベスト10。
1位 瑞牆 2位 瓢 3位 野立岩 4位 豊田近郊 5位は付録なので除いて
6位 北山公園 7位 武庫川 8位 八千穂高原 9位 奥多摩の神戸と笠置
1位の瑞牆は、やっぱり公開された未発表エリアということで、皆が情報を求めているだろう。8位の八千穂高原は最新のメジャーに発表されたエリアということでの注目度といったところか。野立岩、神戸は高難度課題の力ということだろう。豊田、北山公園、笠置はやはり老舗の力だろう。まあ、それなりに分かる。
11位から20位では、13位から小川山、ミタライ峡、御岳、鳴滝と、それぞれその地域でのメジャーどころが並ぶ。そんな中に、11位に湯河原幕岩、12に位鷹取山が含まれている。ともにボルダーでは無名所だ。しかし、ルートではメジャーなので、やはり知名度からの上位ということなのだろう。ところが、17位に調布橋、18位に石山緑地が食い込んでいる。これはどういうことなのだろうか。20位の川井は、わからないでもない。いずれも、実際にこのエリアでボルダリングをやったことのある人は極少数だと思われる、マイナーエリアだと思うのだが。そのほかには18位に奥香肌峡が食い込んでいる。多分近畿では知られたエリアのはずだ。
そのほか、意外なところを拾ってみると、
22位の荒地山。ハイキングとしては、またロッククライミング黎明期のエリアということで、それなりに知られたエリアではある。
24位の丹沢・水無川。やっぱり丹沢の力か。
32位には神戸・霊界が入っている。223エリア中の32位、参照回数で55回だ。安達太良山、王子ヶ岳などよりも上だから大したものだ。ところでこのエリア、現存するかどうかも怪しいエリアのはずなんだが。
ずっと下って、200位山滝渓、214位青木・峯石。ってどこだ、という人がほとんどだろう。まぁ、妥当なところか。
ところが、223位、つまりビリが綱ノ瀬川なのだ。216位には北川もいる。220位には鉾岳もいる。もいずれも知名度はそこそこあるはずだ。よく見ると、200位には屋久島もある。112位の三宅島からすると、雲泥の差だ。なぜなんだ。
全体として見ると、東日本は相対的に上位にいる。51位泊・盃漁港、108位立石神社、115位川目等などだ。おそらく、何県にあるエリアかもわからない人がほとんどだろう。
九州のエリアが人気がないのかというと、そうでもない。祝子川は68位だし、竜体山は78位だ。志賀島でも125位だ。しかし、相対的に下位にいる九州エリアが目につくことも確かだ。
ひとつ考えられるのは、九州エリアにはエリア紹介のサイトが多くある。小生のこのエリアガイドでも結構お世話になっているサイトが多い。情報量からすると、おそらく一番充実したエリアではないかと思う。それに比べ、北海道、北東北地域のボルダーエリアを紹介するサイトは多いとはいえない状態なのだ。そんなことも影響しているのかもしれない。しかし、これも、28位の宝満山、28位長浜、40位白川、62位一ノ峰が入っている。宝満山、一ノ峰を除けばおそらく知る人は少ないだろう。
以上から考えると、やっぱり瑞牆を筆頭に情報がほとんどないところが参照される傾向ははっきりある。とともに、最近話題になったエリアも見られるようだ。
しかし、ビリグループの動きはよくわからない。祝子川が見られるのに北川はあまり見られない。同じ福岡でも日向神・ダム下、スガ岳を見る人は極端に少ない。綱ノ瀬のカウントはたったの6だ。うち1つは小生だから、実質は5回しかみられていない。もうひとつ言えば祝子川が38に対し北川は9だ。一般に流布する情報量からすれば、それほど多くの違いがあるわけではないと思う。どういうことなのだろうか。もっとも30位のカウントが56だから、ビリでもたいして差がないと言えばそうかもしれないが。
小生がインターネット上に公表しているボルダリングエリアガイドだが、公開以来既に4年が経過した。その間凡そ7万強のアクセスがあった。おおよそ1日50回弱のアクセスだ。ということは、1時間に2回ほどのアクセスだ。意外と多くの方がアクセスしてくれているようだ。
しかし、その内訳は調べていないので、よくはわからない。200ページ近くあるから、それらに個別のカウンターをつけるのも面倒くさい。ということで、その内訳はわからなかった。
最近別のところで、しばらく休んでいた掲示板ソフトを動かし始めた。で、ソフトを新しいものに差し替えることにした。その際、フリーのスクリプトを使わせていただいたのだが、そこのダウンロードサイトにカウンターのスクリプトもあったので、少し調べてみた。すると、大分以前に使わせていただいたことのあるカウンターのバージョンアップ版があり、それが、個別のページのカウントを取ることが簡単にできることがわかった。それを落としてきて、ちょこっといじっているうちに、各エリア別のアクセス数をカウントしてみるのも面白いと思い、ごちょごちょとやってみた。200近くのページがあるから、設定に結構手間を取られてしまったが、出来上がってみると、意外と面白いことがわかった。といってもまだ、設定から何時間も経っていないから、アクセス数が少ないので、何かを言うのは早すぎるので、そのうち書いて見ようとおもうのだが、それを承知でちょっとだけ書いてみる。
意外なところが見られている。メジャーどころがあまりないのだ。人気投票にでもと始めてみたのだが、思惑が外れたような気がする。もう少し見てみないと何とも言えないが。
とはいえ、クライミングは自粛しようと、それから何日かはクライミングを休むことにした。その間、半日冷蔵庫内の仕事をしたり、1時間とか2時間とか位の自動車の運転をしたりして、その時はやはり腰の調子は良くはなく、いくらか鈍い痛みを感じたりはしたが、それらの行為を続行できないほどではなかった。まぁ、仕事もいくらか忙しかったこともあって、クライミングはやらなかった。
そんなこんなで、結局3週間程クライミングを休んでいたら、時々あった刺すような痛みもなくなり、鈍い痛みも減ってきたので、久しぶりにクライミングに行ってみた。たまたまコンペによるホールド替えがあったりしたため、力がどれくらい落ちたのかははっきりとは体感できなかったが、ドッ被りが登れないということはなかった。しかし、すぐに疲れてしまった。少し混んでいたから、結構トライ間隔は長かった筈なのにだ。
そろそろ小生の云回目の誕生日が来る。そうすると、小生も云才になる。昔なら、「いい歳こいてボルダリングなどやってちゃいけないよ」と人に言われる歳だ。豊田で何回となく、色々とお世話になった先輩は、「やっぱり今までのようには登れなくなった」とおっしゃっておられたし。
「わが子よりも若い人達と一緒になって、夜遅くまで遊んでいてはいけない。」「そんな歳になっているのかも知れない。」最近はそんなことを本気で考えるようになってしまった。
薄被りの長物をやってみた。どちらかというと、ぎりぎりグレードの課題だ。ところが何と、今迄で一番楽に回れてしまった。途中、長物だし、1ヶ月ぶりだから、ホールドを見失い、ホールド探しを挟んででだ。今までなら、当然最後の2、3手手前で落ちていた筈だ。手が腫ってはいたが、パンパンではなかった。びっくりした。その後もドッ被りで、皆さんのセッションに混ぜてもらったが、特に弱ってしまっているという感覚はなかった。とはいえ、久しぶりだったので、少し早めに上がりはしたが。
どういうことなのだろう。やっぱり、大分に疲れていたのだろうか。そして、どうして力が落ちなかったのだろうか。不思議だ。
調子に乗って、翌日また別の場所でだが、ボルダリングをやってみた。上腕が痛くて、ぜんぜんだめだった。
これからは、人工壁は週1、外岩を含めてもせいぜい週2にしようか。
普通、野外で焚火をする時、殆どの人達は石で竈(カマド)様の物を作る。竈は作らないにしても、木を組み、大きい焚火をする。しかし、小生が教わってきた焚火は石組みの竈は使わない。また、そんなに大きな焚火では始めない。最初は極小さな焚火から始める。そして、必要に応じてその焚火を大きくしてゆく。その必要がなければ、最初に起こした焚火の規模を維持する。
なぜ、小生のような焚火のやり方をする人達が殆どいないのか、いや、小生が教わった人達の仲間以外でその方法で火を起こした人を見たことがないのか。唯一ボルダリングの仲間にその方法の焚火をやる人を知っているだけなのか。ということを疑問に思っていた。
我々が野外で焚火をする時、何のために焚火をするかと言うと、殆どの人達は焚火のための焚火である。所謂キャンプファイヤーだ。だから最初から大きな焚火をする。と言うことなのかもしれない。とすれば、何となく分かる。しかし、飯盒で炊事をする場面でも、或いは、バーベキューパーティーでも殆どの人達は竈を作る。かえって、この炊事用の焚火では竈が必至という感じである。そこが分からなかったのだ。
小生の焚火の目的は炊事用ということで、その方法を教わった。実際、沢の中での炊事は殆どが焚火だった。冬山でも森林限界内では焚火で炊事することも多かった。そして、そのときの焚火は決まって我々風の小さな焚火だった。
一体、焚火で炊事をするには、大きな焚火では炊事はできない。大きな火で炊事をするにはそれなりの道具が要る。その道具がないときには、石などを使って竈を作る。そして、その竈の中で小さな焚火をする。と言う発想が一般的かもしれない。しかし、我々の方法では竈は作らず、薪の上に直接鍋や釜を置く。その為に竈を使わずに小さな焚火を起こす。ただそれだけの違いかと思っていたのだが、最近、ある雑誌の知床でカヌーガイドをしておられる方の記事を読んで何となくその疑問が氷解し始めた。
その人が言うには、縄文時代の日本人(こんな言い方があるかどうかは知らないが)は竈は使わなかったというのだ。その理由として、日本は湿度が高い。従って、石の竈では熱が石に奪われ、湿った薪で火を起こすのは難しいので、石は使わず、薪を平行に束ねて熱を囲い込むのだ、ということらしい。その方法は将に我々の火越しの方法である。風邪が通る方向に平行に薪を束ね、種火をその薪で囲い込むと言う方法である。薪は平行で風の通る方法だから、風は通る。無理に風を送ることもやらなくとも良い。
それに反して、石を置きその中で火を燃やす竈方式は、乾燥地帯での焚火の方法らしい。雨の多い亜熱帯モンスーン地帯から照葉樹林帯地域で、石そのものが熱を奪う竈方式では濡れた木は燃えにくいので、竈は使わないらしいのだ。このことは、亜熱帯モンスーン地帯(照葉樹林文化圏)とその西の地中海文化圏との境で焚火の方法も竈を使うか使わないかが変わるらしいのだ。
やっぱり、日本での焚火には竈は似合わなかったのだ。やはり、沢の中で、濡れた木片で火を起こすには竈では駄目だったのだ。やはり、縄文時代から連綿と続く由緒正しい焚火の方法は小生の教わった方法に近かったのだ。
ということで、焚火が起こるまでに時間がかかるだとか、焚火が小さすぎるだとか、色々と悪口を言われてきたが、これからは小生の方法を堂々とやることにしよう。
何時もは、静かにしている時に指の痛みを感じるのだが、クライミングを始めてしまうと指の痛さを感じることは殆ど無い。そんな状態はクライミングを始めて暫くしてから今までずっと続いている症状だ。しかし、この症状は、若い頃にやっていたスポーツで経験済なので、特に問題にはしていなかった。
ところが、ここの所その症状が少し違ってきたのだ。その指の痛さが以前よりは大分痛さを感じるようになり、クライミング中も痛さを感じるようになってしまったのだ。つまりは、症状が悪化してきたということだ。あまりに痛いから、ここ1週間ほどクライミングを休んでしまっている。でも、症状はあまり軽減はしていない。
考えるに、ここ1年ほど前から、それまでよりはクライミングの強度は落ちた。そして、2~3ヶ月前頃には週1のクライミングも危うい状態になってしまった。そのため、瑞牆小川山遠征をきっかけに、ここの所少しだけクライミングの強度を上げてきたのである。週2から時には週3のジムでのボルダリングをやるようになった。若しかすると、この週3のジム通いがいけなかったのかも知れない。
実は、ここ1年ほど前から、指皮の消耗の激しさが目立つようになってきた。それまでは、外岩では指皮を無くすことは多々あったが、ジムの人工壁ではあまりなかった。それが、最近では、ジムでも指の皮が持っていかれるようになってしまったのだ。ということは、やっぱり、それだけ自分の体が対応しなくなってきていると言うことなのだろうか。そこへ持ってきて、クライミングの強度を強めたものだから、遂に指が壊れだしたのだろうか。どうやらそんな気がする。
やっぱり、程ほどにしなければと言うことのようだ。
団体旅行だったので、時間も無く、こんな格好のままだったのだが、まぁ、何とか無理やりにでも登ることは出来た。
ところで、同じ南房総白浜の海岸の岩でも、根本付近とこの野島崎付近では、何となく岩質が違う。根本付近は完全に白目の泥岩(ドロイワ)チックな岩なのに対し、砂取港付近や野島崎付近になると、砂に小さな砂利の混じった感じの、黒目の岩になる。根本付近の岩よりは、本の幾らかだが、硬い感じがする。硬いといっても、岩とは言いにくい硬さではあるのだが。
これが、鴨川方面に行くと、結構固めの泥岩となり、鴨川松島では玄武岩が出ている。そして、鴨川漁港では凝灰岩となるようだ。いずれにしても、岩というにはちと抵抗を感ぜざるを得ないことは確かなのだが。
この小旅行の最中に、千葉の海岸の写真集を見つけてしまった。写真の大半は、千葉の海岸の岩壁である。一瞬、千葉にもこんなに多くの岩壁があるのかと、目を疑ってしまったのだった。2005年の出版だったから、多分探せば今でも手に入るのだろう。しかし、あまり聞きなれない出版社だったので、出版社の名前も、失礼だが、著者の名前も失念してしまったので、ここでお知らせすることは出来ないし、手に入るかどうかは定かではない。まっ、そのうちどっかでまた探して見ることにしよう。
