Honjo: 2011年12月アーカイブ
先日、明礬水を花崗岩で試す機会を得た。
結論
やっぱりチョークを併用してしまった。
やっぱりスラブチックなやや寝た壁での細かいカチとか痘痕チックな僅かな窪みとかでは、癖というか何となく物足りないというか、心理的にチョークを使ってしまった。つまり、登れない、ホールドが持てない、ということで、チョークに頼りたくなるという心理状況からかどうかは分からないが、チョークを使ってしまった。
チョークを手に付けることによって、これで持てるという暗示によって、ホールドが持てたという、そういう効果が果して有ったかどうかはわからないが、チョークに頼ってしまったことだけは確かであった。やっぱりチョークが効いた、というのが実感ではあった。
外岩でこそチョークの代わりをしてくれればとのことから明礬水を試してきたのだが、外岩での効果については、明礬水はメインにはなりえない、ということだと思う。但し、明礬水の効果はこれまでの経験から3~4時間という所だから、この細かいホールドでのクライミング時には既に効果が薄れていたということも考えられるので、今一度検証をしてみたいとは思うのだが。
追って、先日、ジムで手汗の酷い人に明礬水を試してもらったところ、やっぱりチョークが必要とのことだった。しかし、明礬水の効果は感じるとも言っていた。明礬水が手汗を減らしたということは間違いのないところだろう。ということで、暫くは外岩では明礬水+チョークを試してみる事にする。
結論
やっぱりチョークを併用してしまった。
やっぱりスラブチックなやや寝た壁での細かいカチとか痘痕チックな僅かな窪みとかでは、癖というか何となく物足りないというか、心理的にチョークを使ってしまった。つまり、登れない、ホールドが持てない、ということで、チョークに頼りたくなるという心理状況からかどうかは分からないが、チョークを使ってしまった。
チョークを手に付けることによって、これで持てるという暗示によって、ホールドが持てたという、そういう効果が果して有ったかどうかはわからないが、チョークに頼ってしまったことだけは確かであった。やっぱりチョークが効いた、というのが実感ではあった。
外岩でこそチョークの代わりをしてくれればとのことから明礬水を試してきたのだが、外岩での効果については、明礬水はメインにはなりえない、ということだと思う。但し、明礬水の効果はこれまでの経験から3~4時間という所だから、この細かいホールドでのクライミング時には既に効果が薄れていたということも考えられるので、今一度検証をしてみたいとは思うのだが。
追って、先日、ジムで手汗の酷い人に明礬水を試してもらったところ、やっぱりチョークが必要とのことだった。しかし、明礬水の効果は感じるとも言っていた。明礬水が手汗を減らしたということは間違いのないところだろう。ということで、暫くは外岩では明礬水+チョークを試してみる事にする。
ロクスノ54号に、遂にというか、瑞牆山ボルダーが発表された。早速、本屋で確認した。事前の情報通り会場エリアのトポが発表されていた。で、即買い求めた。
家に戻り、ゆっくりと確認した。やっぱり大半を忘れていた。記事の写真を見ても思い出せない石が多かった。トポに至っては全く石のイメージが浮かんでこないものが大半だった。
瑞牆は、10年ほど前から7~8年間、結構あしげく通った場所だ。しかし、今回発表されたエリアのうち、二の谷、三の谷、四の谷等のメジャーなエリアはあまり遊んではいなのである。今回は発表されなかったエリアで遊んだことが多かった様にも思う。なので、会場エリアで記憶に残っている岩と言えば、一の谷のフサフサ岩、みんなの岩、言葉岩、二の谷エリアの残され岩、計算岩、大黒岩、先住岩、千里岩、三の谷エリアの桃岩、美しき日の岩、四の谷のガリガリ岩、材木岩、山形県エリアの阿修羅の岩、ツグミ岩、背骨岩、童子岩、リス岩、比較的最近に行った百鬼夜行、KUMITEの岩、位なものだ。それも、今回のトポで初めて名前を知った石が大半なのである。当然、課題の名前も、「イワタケ畑」等極一部を除けば、殆ど知らなかった。超有名な課題名については、例えば、千里眼、阿修羅、美しき日、高野聖等、幾つかは人から聞いて知っていたものも有った事は有ったが、最近は行けば殆ど触っていたといっても過言ではない「百里眼」等も今回初めて知ったものだった。
実は、何を隠そう、小生が磨いて初登した課題が、多分今回の会場エリア内にも、1つか2つは有ったはずなのである。が、それがどこだったか本人も忘れているし、所詮10級クラスだから、恐らく記録としてもどこにも残ってはいないと思う。ほんの僅か残念ではあるが。
何れにしろ、多くの人達に待望されていただろう瑞牆のトポが発表された訳である。今回の著者も言うように、静かな瑞牆のボルダーを愛する人も多い。アクセス問題への懸念もある。そんな中、今回のトポが発表された訳である。
小生も、内心では公開しないでほしいと思っていた一人である。しかし、そうは思いながらも、今迄遊ばせてもらってきた200箇所以上のエリアに関して、偶然見つけた岩、或は、既に広く知られていた観光地の岩で、半ば公然と、密かに遊んだ幾つかのもの以外は、全て先人の公開して下さった情報をもとに遊ばせていただいたものである。頂いた情報の量を考えると、今回の著者の言うように、自分の持つボルダーに関する情報の多くの人との共有を希求すべきなのだとも思う。しかし、小生には、ボルダーに関し、他の人達との共有に値する情報は殆どない。出来るとすれば、個人のツールに依る公開された情報の伝搬のお手伝い位であろう。そんな理屈が有った訳ではないが、細々と、コツコツと、ささやかな情報を発信してきた訳ではある。
情報の広範囲への伝搬によるアクセス問題への懸念は確かにある。最近のボルダラーの状況を見るに、昔のクライマーのコミュニティーの崩壊を感ぜずにはいられないからだ。
昔は、先ず何らかの組織に加わらなければクライミングを始めることが難しかった。ルートクライミングというか、ロープクライミングはそれだけ難しいものだった。しかし、ボルダリングに関しては、表面的に見れば、最近急激に増えたボルダリングジムで全く一人でボルダリングを始められる。そして、短時間に強くなれる。強くなると外で登りたくなる。可搬式のパッドを担いで行けば、ジムと同じ感覚で外のボルダーを登ることが出来る。一人で外のボルダーを登りに行く。或はそういう人たちが集団で外のボルダーを登りに行く。そんなボルダラーが増えた様に思う。そういう人達に無条件に安易に情報を与えても良いのだろうか。
いくら情報に注意事項を付加しても、最近のボルダラーの多くは昔の徒弟制度的な組織の中で育ってきたクライマーの感覚とは違う受け止め方をする、或は、それを理解をしないボルダラーがいる、ということを考えなければならない状況にある。
そんなことを考えてしまう今日この頃ではある。そんなことをも考えなくてはいけない。そんな気がするのである。
確かに自分の価値観を他人に押し付ける利己主義かもしれない。が、未だに結論は出せないでいるというのが本当の所ではあるのだが。
家に戻り、ゆっくりと確認した。やっぱり大半を忘れていた。記事の写真を見ても思い出せない石が多かった。トポに至っては全く石のイメージが浮かんでこないものが大半だった。
瑞牆は、10年ほど前から7~8年間、結構あしげく通った場所だ。しかし、今回発表されたエリアのうち、二の谷、三の谷、四の谷等のメジャーなエリアはあまり遊んではいなのである。今回は発表されなかったエリアで遊んだことが多かった様にも思う。なので、会場エリアで記憶に残っている岩と言えば、一の谷のフサフサ岩、みんなの岩、言葉岩、二の谷エリアの残され岩、計算岩、大黒岩、先住岩、千里岩、三の谷エリアの桃岩、美しき日の岩、四の谷のガリガリ岩、材木岩、山形県エリアの阿修羅の岩、ツグミ岩、背骨岩、童子岩、リス岩、比較的最近に行った百鬼夜行、KUMITEの岩、位なものだ。それも、今回のトポで初めて名前を知った石が大半なのである。当然、課題の名前も、「イワタケ畑」等極一部を除けば、殆ど知らなかった。超有名な課題名については、例えば、千里眼、阿修羅、美しき日、高野聖等、幾つかは人から聞いて知っていたものも有った事は有ったが、最近は行けば殆ど触っていたといっても過言ではない「百里眼」等も今回初めて知ったものだった。
実は、何を隠そう、小生が磨いて初登した課題が、多分今回の会場エリア内にも、1つか2つは有ったはずなのである。が、それがどこだったか本人も忘れているし、所詮10級クラスだから、恐らく記録としてもどこにも残ってはいないと思う。ほんの僅か残念ではあるが。
何れにしろ、多くの人達に待望されていただろう瑞牆のトポが発表された訳である。今回の著者も言うように、静かな瑞牆のボルダーを愛する人も多い。アクセス問題への懸念もある。そんな中、今回のトポが発表された訳である。
小生も、内心では公開しないでほしいと思っていた一人である。しかし、そうは思いながらも、今迄遊ばせてもらってきた200箇所以上のエリアに関して、偶然見つけた岩、或は、既に広く知られていた観光地の岩で、半ば公然と、密かに遊んだ幾つかのもの以外は、全て先人の公開して下さった情報をもとに遊ばせていただいたものである。頂いた情報の量を考えると、今回の著者の言うように、自分の持つボルダーに関する情報の多くの人との共有を希求すべきなのだとも思う。しかし、小生には、ボルダーに関し、他の人達との共有に値する情報は殆どない。出来るとすれば、個人のツールに依る公開された情報の伝搬のお手伝い位であろう。そんな理屈が有った訳ではないが、細々と、コツコツと、ささやかな情報を発信してきた訳ではある。
情報の広範囲への伝搬によるアクセス問題への懸念は確かにある。最近のボルダラーの状況を見るに、昔のクライマーのコミュニティーの崩壊を感ぜずにはいられないからだ。
昔は、先ず何らかの組織に加わらなければクライミングを始めることが難しかった。ルートクライミングというか、ロープクライミングはそれだけ難しいものだった。しかし、ボルダリングに関しては、表面的に見れば、最近急激に増えたボルダリングジムで全く一人でボルダリングを始められる。そして、短時間に強くなれる。強くなると外で登りたくなる。可搬式のパッドを担いで行けば、ジムと同じ感覚で外のボルダーを登ることが出来る。一人で外のボルダーを登りに行く。或はそういう人たちが集団で外のボルダーを登りに行く。そんなボルダラーが増えた様に思う。そういう人達に無条件に安易に情報を与えても良いのだろうか。
いくら情報に注意事項を付加しても、最近のボルダラーの多くは昔の徒弟制度的な組織の中で育ってきたクライマーの感覚とは違う受け止め方をする、或は、それを理解をしないボルダラーがいる、ということを考えなければならない状況にある。
そんなことを考えてしまう今日この頃ではある。そんなことをも考えなくてはいけない。そんな気がするのである。
確かに自分の価値観を他人に押し付ける利己主義かもしれない。が、未だに結論は出せないでいるというのが本当の所ではあるのだが。
